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… あるいは http://d.hatena.ne.jp/kmiura/ …

メモ・チェルノブイリの事故処理作業員らにおける放射線と慢性リンパ性白血病及びその他の白血病のリスク

チェルノブイリ除染で被曝、低線量でも白血病リスク

2012/11/8 14:15

【ワシントン=共同】チェルノブイリ原発事故の除染などに関わって低線量の放射線を浴びた作業員約11万人を20年間にわたって追跡調査した結果、血液がんの一種である白血病の発症リスクが高まることを確かめたと、米国立がん研究所や米カリフォルニア大サンフランシスコ校の研究チームが米専門誌に8日発表した。

 実際の発症者の多くは進行が緩やかな慢性リンパ性白血病だったが、中には急性白血病の人もいた。調査対象者の被曝(ひばく)線量は積算で100ミリシーベルト未満の人がほとんど。高い放射線量で急性白血病のリスクが高まることは知られていたが、低線量による影響が無視できないことを示した形だ。

 チームは1986年に起きたチェルノブイリ事故で作業した約11万人の健康状態を2006年まで追跡調査。被曝線量は積算で200ミリシーベルト未満の人が9割で、大半は100ミリシーベルトに達していなかった。

 137人が白血病になり、うち79人が慢性リンパ性白血病だった。統計的手法で遺伝などほかの発症要因を除外した結果、チームは白血病の発症は16%が被曝による影響と考えられると結論付けた。

 これまでに広島や長崎に投下された原爆の被爆者の追跡研究でも、低線量被曝による健康影響が報告されており、線量が低ければ健康影響は無視できるとの主張を否定する結果。チームはコンピューター断層撮影装置(CT)など、医療機器による被曝影響を評価するのにも今回の研究が役立つとしている。

link

以下がその論文の概要。これを読んだだけだが、上の記事で解説しきれていない重要な点は、低線量領域において質的にことなる被曝である広島・長崎の分析結果とコンシステントな結果である、ということだろう。被曝の積算に時間がかかれば修復機構により健康への影響は低下するという考え方とは逆に、積算量がそのまま効いてくるという主張をサポートすることになるからである。

直接関係ないが、昨年4月頃、小児白血病のことをいろいろ仕事そっちのけで調べて書きかけになっている結構な量のメモがある。公開するつもりはなかったが、今後継続する時間もあまりなさそうなので、とりあえずリンクする(radeffects wiki)。詳しく調べたい人の役にたてれば幸いである。

チェルノブイリの事故処理作業員らにおける放射線と慢性リンパ性白血病及びその他の白血病のリスク

Radiation and the Risk of Chronic Lymphocytic and Other Leukemias among Chornobyl Cleanup Workers

Lydia B. Zablotska et. al.(2012) PDF http://dx.doi.org/10.1289/ehp.1204996

Abstract

Background: Risks of most types of leukemia from exposure to acute high doses of ionizing radiation are well known, but risks associated with protracted exposures, and associations between radiation and chronic lymphocytic leukemia (CLL) are not clear. Objectives: To estimate relative risks of CLL and non-CLL from protracted exposures to lowdose ionizing radiation.

Methods: A nested case-control study was conducted in a cohort of 110,645 Ukrainian cleanup workers of the 1986 Chornobyl nuclear power plant accident. Cases of incident leukemia diagnosed in 1986-2006 were confirmed by a panel of expert hematologists/hematopathologists. Controls were matched to cases on place of residence and year of birth. Individual bone marrow radiation doses were estimated by the Realistic Analytical Dose Reconstruction with Uncertainty Estimation (RADRUE) method. A conditional logistic regression model was used to estimate excess relative risk of leukemia per gray (ERR/Gy) of radiation dose.

Results: A significant linear dose-response was found for all leukemia (137 cases, ERR/Gy=1.26 (95% confidence interval 0.03, 3.58)). There were non-significant positive dose-responses for both CLL and non-CLL (ERR/Gy=0.76 and 1.87, respectively). In our primary analysis excluding 20 cases with direct in-person interviews <2 years from start of chemotherapy with an anomalous finding of ERR/Gy=-0.47 (<-0.47, 1.02), the ERR/Gy for the remaining 117 cases was 2.38 (0.49, 5.87). For CLL the ERR/Gy was 2.58 (0.02, 8.43) and for non-CLL ERR/Gy was 2.21 (0.05, 7.61). Altogether, 16% of leukemia cases (15% of non-CLL, 18% of CLL) were attributed to radiation exposure.

Conclusions: Exposure to low doses and low dose-rates of radiation from post-Chornobyl cleanup work was associated with a significant increase in risk of leukemia, which was statistically consistent with estimates for the Japanese atomic bomb survivors. Based on the primary analysis, we conclude that CLL and non-CLL are both radiosensitive.

全く関係ないがリクエストしてみるもんだなあ、という二件。

一応一年前のはてなへのリクエストが通った、ということで当ブログの記法をmarkdown記法に設定。 markdown記法についてはこちらをどうぞ。

あと、先の9月に出張で日本に行く前に、日本通信に電話してネット用のプリペイドsimカードを空港の郵便局留で受け取れないか、海外から日本に行く場合そうすると便利なんですが、といううかがいを立てたのだが、カスタマーサービスのお返事は、

三浦 様

この度は弊社サービスについてお問い合わせをいただきありがとうございます。 いただきましたご質問につきまして、以下の通りご回答申しあげます。

ご連絡いただきました件につきまして、大変申し訳ございませんが、 弊社bマーケットでは空港内で商品を受け取れるサービスを行っておりません。

三浦様からの貴重なご意見といたしまして、 今後のサービスとして参考にさせていただきたいと存じます。

何卒ご了承いただきますようお願い申し上げます。

なお、SIMカードの配達業者につきましては、現在のところ、場合により日本郵便にて 発送することもございますので、予めご了承いただければと存じます。

ご不明の点、お気付きの点等がございましたら、下記連絡先にお問い合わせ下さい。 よろしくお願いいたします。


bモバイルヘルプデスク 担当 田中

で、昨日こんな記事をみかけた。

日本通信、外国人旅行者向けのSIMを空港で受け取り可能に

日本通信は2012年11月5日、来日する外国人旅行者向けに提供しているSIMカード「VISITOR SIM」の空港受け取りサービスを開始すると発表した。空港に到着してすぐに日本国内用SIMを受け取ってインターネットを活用できる。

11月5日の申し込み受付分から、空港受け取りサービスを利用できるようになる。通常料金に210円の郵便手数料を追加することで、空港の郵便局でSIMカードを受け取れる。利用できるのは、新千歳、成田、羽田、通部、関西、広島、福岡、鹿児島、那覇の各空港である。また、来日する利用者は月曜日から土曜日の週6日、英語専用のコールセンターで英語によるサポートを受けられる。

Link

... というわけで、なんかアイデアが欲しいという方がいましたら、ワタクシまで(笑)。八海山一升でご教授致します。

パブコメ:原子力災害対策特別措置法施行令の一部改正(案)に対する意見

本日24時〆切の以下の法改正案に意見を送付した。

原子力災害対策特別措置法施行令の一部改正(案)に対する意見募集について

緊急防護措置準備区域をたったの30キロメートルに限ることに対する反対意見。まともに安全対策しようとしたらコスト的に破綻することを福島第一原発事故は証明した。原子力発電に依存する日本社会はもはや不可能なことが明白なのである。


2011年3月の福島第一原発事故に伴い放出・拡散した放射線物質の沈着量は詳しい測定がなされている。この汚染は、200キロメートル離れた柏市においても0.5毎時マイクロシーベルトを超えるホットスポットを形成していることがわかっている。福島第一原発との比較として頻繁に例にあげられるチェルノブイリ事故に比較すると汚染は狭い範囲であること、少ない陸地への総沈着量であることがわかっているが、天候の状況よってはより深刻な汚染になる可能性が大いにあったことは注目されるべきである。

事故後、福島原発周辺においてたまたま西風が吹く時間が長かった。このため、放出された放射線物質の多くは海側へと吹き飛ばされ陸に沈着したものは総放出量の一部であるに過ぎない。もし継続的に内陸に向かって風が吹き、さらに雨の多い季節であったならば、事故はより広大かつ高濃度の汚染を結果したであろう。目下の汚染分布はまったくのお天気まかせの結果にすぎない。人知によって防御したのではない。次回もし事故が起きたときに、福島と同じように海にむけて風が吹いてくれるとは限らない。

以上のことを鑑みれば、2011年の事故においてたとえば上に例にあげた柏市が、もはや居住できないレベルに汚染された可能性も否定出来ない。すなわち、少なくとも200キロメートル圏内はなんらかの対策を用意しておく必要があるのである。したがって、緊急防護措置準備区域を30キロメートルに限る措置は全くの不十分な安全対策である。少なくとも200キロメートル圏内とすべきである。

パブコメ:「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する意見

以下、トゥルクの図書館で、フライトのチェックイン時間ギリギリまでかかって書いて内閣府の登録システムに投稿。飛行場までタクシーで15分なので、こんなことができる。それにしてもこの図書館、大学のログインアカウントでWifiが使えるんで実に便利だった。



概要: 2030年までに原発比率をゼロとする。核燃料サイクルは撤回、直接処分に方向転換する。新たなエネルギー源の開発に総力を上げる。この転換の端緒として原発の新規設置を禁止する法を2012年以内に制定する。

意見及びその理由

2011年3月11日の東日本大震災に伴った福島第一原発の事故は1945年の日本の敗戦以来最大規模の被害をもたらした人災である[1]。2012年8月の現在、事故からすでに1年5ヶ月が経過したが、福島県における避難者の数はいまだに16万人にのぼる。健康被害を憂慮し自主的に避難、あるいは転居した他の県や都の人数を含めれば、この事故によって生活の思わぬ激変を経験している人の数はさらに多くなるだろう。また、広大な面積が生活のできない帰宅困難区域となった。これは国の領土を失ったことに等しい。原発の事故がもたらす被害は難民の発生、国土の喪失という少なくとも二点において武力による戦争が人々にもたらす被害に酷似している。

また、核廃棄物は以後10万年にわたる厳重な管理が必要になる。しかしその技術は未だ確立していない。たとえ核燃料サイクルの夢がかなったとしても廃棄物は生じる。後続の世代がその廃棄物管理の技術開発に成功することを祈り、託すことになる。そして何百世代もの子孫がその廃棄物の番人となることを強要することとなる。「立つ鳥後を汚さず」という慣用句があるが、これに全く反する行いだ。私の感覚では死して後に膨大かつ危険なゴミの山の処理を後続の世代に押し付けることはモラルに反する。すべての原発をすみやかに停止した後、すでに存在する核廃棄物は直接処分とし、それを安全に10万年管理する技術を責任ある我々の世代が全力を上げて考案すべきだろう。そしてなによりもこれ以上、核廃棄物を増やしてはいけない。

さらに、事故による汚染が比較的軽微であることは全くの偶然の結果に過ぎないことは、強調すべき点である。事故後拡散した放射線物質の沈着量は詳しい測定がなされている。チェルノブイリに比較すると汚染は少ないことがわかっているが、天候の状況よってはより深刻な汚染になる可能性が大いにあった。事故後、福島原発周辺においてたまたま西風が吹く時間が長かった。このため、放出された放射線物質の多くは海側へと吹き飛ばされ陸に沈着したものは総放出量の一部であるに過ぎない。もし継続的に内陸に向かって風が吹き、さらに雨の多い季節であったならば、事故はより広大かつ高濃度の汚染を結果したであろう。目下の汚染分布はまったくのお天気まかせの結果にすぎない。人知によって防御したのではない。次回もし事故が起きたときに、福島と同じように海にむけて風が吹いてくれるとは限らない。

また、陸に沈着しなかったからといって放射性物質は消えるわけではない。海や大気中に拡散した放射線物質は、地球上に生きる全ての人々に一定の確率をもってその健康に害を与えている。この点において世界から日本に向けられる視線は厳しい。ただでさえ大地震が頻発し、津波に襲われる土地にありながら、そして事故そのものが収束しておらず未だに放射性物質を無分別に環境中に排出し続けているにもかかわらず原子力を推進維持しようとする日本という国は国家レベルでの加害者、地球環境の破壊者との批判を受けても否定することは難しいだろう。これは外交上においても得策であるはずがない。ましてやこの地球において日本は二度と事故を起こすことはできない。世界は許さない。そのためには日本は原発を止めるしかないのである。

原子力に依存する未来は、これまでの日本の延長線上にありもっとも安易で想像しやすい未来だ。経済戦略も今のままである。一方、原子力を中心としたエネルギー政策を放棄すれば、これまでとは全くことなる未来を描くことが必要になる。これまでの経済成長戦略も一度捨て去り根本的に考えなおすことが必要になるだろう。これは安易ではない。困難な道だ。しかしこの困難な道に踏み出し、あらたなエネルギー源の開発に向けて大きく舵をとれば、そこには未知の社会が待っている。若い科学者や技術者はそうした開かれた未来、白紙の世界にあってこそ本物の希望と情熱を抱くことができる。技術的、科学的な真のチャレンジと豊かな創発性の発露の場がそこにあるからだ。福島の事故とその後の対応の失敗によって、科学者や技術者は人々を失望させた。なによりも失望したのは若い世代の科学者や技術者自身ではなかったか。必要は発明の母である。すべての原子力発電所を廃炉にするという方針を確固たるものとすることとすれば、新たなエネルギー源の必要に駆られる我々や若い世代にとってその新しい理論・技術・産業を必死の情熱で産み出してゆく強烈なインセンティブとなる。日本政府は原子力との訣別を昂然と宣言し即実行にうつすべきだと私は考える。

2012年の今、原子力発電は、その存在そのものが日本の安全保障上の危機と外交上の損害、地球の環境の危機を継続的にもたらしている存在であると私は結論する。なおかつ日本の科学と技術を賦活し、若い科学者や技術者が希望を持てる未来を描くには原発依存度をすみやかに0%にすべきだと私は考える。なによりも今多くの日本の人々が望んでいるのは、再び生じるかも知れぬ放射能汚染という不安のない生活ではないか。このためには原子力という巨大産業の構造を廃炉に向けて大きく転換し、新たなエネルギーの開発を国策の中心とすることが必要になる。この大改革の端緒としてまずは、新規の原子力発電所の設置を禁止する法律の2012年以内の制定を私は強く希望する。

[1] 国会事故調査委員会報告書、2012年

吉野恭司という人

吉野恭司という経産省のキャリアが報道の対象になっている。

エネ庁課長:原子力委に脱原発検討しないように要請
毎日新聞 2012年08月03日 11時18分(最終更新 08月03日 11時43分)

 経済産業省資源エネルギー庁の吉野恭司原子力政策課長が昨年12月、政府の原子力委員会に対して「脱原発シナリオの分析を行うことは、慎重派を勇気づける材料にはなっても、原子力を維持する材料にはならない」などとする文書を示し、脱原発の検討を当面控えるように要請していたことが3日分かった。枝野幸男経産相が同日の閣議後記者会見で明らかにした。枝野経産相は文書について「個人的に作成されたメモ」としながらも「政府が原発維持を画策していると受け止められてもやむを得ない」と指摘した。経産省は同課長を厳重注意処分とした。

 経産省によると、同課長は昨年12月、原子力委員会の近藤駿介委員長を訪問。東京電力福島第1原発事故を受けて、原子力委が設置した核燃料サイクルに関する検討小委員会の議論の進め方を話し合った際、同課長は政府が将来の原発依存度をどうするかの方針を決定する前に、原子力委が「脱原発」シナリオを前提に核燃料サイクルのあり方を分析・議論することを控えるように求める文書を渡した。同課長は経産省の内部調査に対し、「大変反省している」と話しているという。【小倉祥徳、種市房子】
http://mainichi.jp/select/news/20120803k0000e040205000c.html

原子力村の中では「事務局」と呼ばれる人である。原発事故に関連していろいろな資料を昨年ながめて「事務局」は事実上さまざまな議論の枠をあらかじめ設定するという意味で、政策のおおまかな方向を決める人たちだ、ということがわかったので、私は興味をそそられた。「事務局」という無害な呼称は全くの韜晦で、彼らが執行部と考えたほうが実態に近いだろう。そんなわけで私は一時期「事務世界」という、その外部の世界とは独立の価値観で駆動する官僚システムに名前をつけた。

というわけで、吉野恭司という人間に少々興味が湧いたので、経歴を眺めてみた。もちろん履歴書など公開されているはずもないので、時系列で彼がかかわったイベント追っただけのメモ、ということになる。

吉野恭司の足跡は2000年に始まる。当時は原子力とは関係ない仕事をしていた。生活産業局サービス産業課にいたのである。「男女共同参画に関する研究会」の報告書に事務方として名前が登場している。2001年には秋田県庁に出向し、産業経済労働部の部長となり、県内の商工会議の議員などを務めている。2004年5月からは経産省に復帰、こののちに(直接かどうかわからないが)資源エネルギー庁放射性廃棄物等対策室長となり、原子力に本格的に関わることになる。秋田にいた時からすでに中央の原子力安全に関わる部局の鉱山関連の審議会に参加していたようであるから、この昇進はある程度すでに決まっていたことなのかもしれない。

さて、東京にもどった吉野恭司は「放射性廃棄物を捨てる場所を探す」ことが彼の任務となった。もちろん、誰もが自分の住む地域を原子力発電所のゴミ捨て場なぞにしたがるわけがない。したがって、あちらこちらの地方で説得して回るのが彼の仕事となったのである。ついには2006年から7年にかけては、市民に対する説得をおこなう「地層処分シンポジウム Talk」を全国各地で企画実行している。ウェブサイトなどはなかなか立派な様子であるが、参加した人のコメントなどを紹介してみよう。

それはどうやら、市民側パネラーもみんな同じような気持ちだったようで、
企業利益を代表する市民としてと出席していた橋本さんでさえ、
広報は自己満足では困る、これで理解されたとは思わないで欲しいと発言。
分家さんは不快な面もちで、原子力発電の安全性に対する疑問を言われたし、
吉田さんなどは、日本のエネルギー政策の行方にさえ疑問があると発言された。

資源エネルギー庁の吉野さんは、こうした疑問には一切答えずに、
ひたすら地層処分の安全性と市民の合意をくり返されるばかりの状態でした。
なるほど、うっかり一般参加者からの質問を受けても答えられない、
根本的な疑問を抜きにして、ひたすら地層処分の合意を取りたい、
そのためのシンポジュウムだったことがよくわかりました。

放射性廃棄物地層処分シンポジウム
http://blogs.yahoo.co.jp/isop18/45230527.html

人々のものわかりのわるさにはかなり困惑したらしい。とはいえ、彼自身、原子力にかかわってたったの三年である。工学から地質学まで、10万年にわたる安全を確保するために膨大な知識を必要とする放射線廃棄物の処理技術について、誰もが納得する説明を彼がなすことはかなり難しいだろう。結局金を渡すしかないかも、というのが彼の意見である。

国は難航する高レベル処分場立地を後押しするため、文献調査期間中の電源立地地域対策交付金の金額を現行の年2億1千万円から2007年度に年10億円に大幅増額する予定である。このため余呉町以外にも昨年後半から鹿児島県宇検村、高知県津野町、同県東洋町、長崎県対馬市、青森県東通村などで誘致の動きが表面化するに至っている。
 映画「六ヶ所村ラプソディー」では、原子力委員を務める斑目春樹東大教授が「処分場は金を5倍、10倍と積めばどこかが落ちる」との発言をしている。吉野恭司資源エネルギー庁放射性廃棄物等対策室長も、韓国で中低レベル放射性廃棄物の処分場の立地が3000億ウォン(約380億円)という法外な地域支援金によって慶州市に決定したことを例に挙げ「ぜひ見習っていかなくてはいけない。」と発言(注2)している。

(注2) 2006年10月6日「放射性廃棄物シンポジウム2006in中国」での発言 
http://homepage3.nifty.com/ksueda/waste0701-2.html

人々の評判はともかくも、これら一連の大々的なキャンペーンが評価されたのか、2007年には電源基盤整備課長に出世。総合資源エネルギー調査会電気事業分科会原子力部会に委員として出席したり、「エネフォーラム」なる雑誌に寄稿したりしている。2009年後半から2010年の前半の間に、原子力政策課長に昇進。ほどなく2011年の311を迎えた。これまでキャリア官僚の順当な道を歩んできたならば、今、年齢は30代後半ぐらいだろうか。 (訂正:2012年現在47歳。おそらく1964年うまれ。80年代バブルのころに大学生である。)

足跡をおうと、目の前にある課題を必死でこなしてきたのではないか、という気がする。それこそが「事務の世界」の陥穽だ、と私は考える。これが本当に彼のしたかったことなのかどうか、個人的に聞いてみたい気がする。「仕事ですから」と答えるかもしれないが。

   8/13 追加。新潟日報の2008年の記事、および東洋町の町長さんによる吉野氏の印象。年齢の推定の訂正。



通商産業省生活産業局サービス産業課課長補佐

MMP(Medical Management Partner)2000年7月号に次のエッセイ。

市場化の進展がもたらす新たな課題
事業者・サービスの選択が始まり経営管理のあり方が問われる
介護保険制度の施行が 産業としての出発点に
現行制度がゆがめる 経営管理手法の導入
http://www.web-ksk.co.jp/information/_book_sample/back/nik/mmp7/mmpseido1.html

平成13年6月「男女共同参画に関する研究会」報告書に、(前)として名前がある。
http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g10615bj.pdf
2000年の年末まで通商産業省生活産業局サービス産業課課長補佐だったのだろう。



秋田県庁産業経済労働部長

2001年1月-2004年5月31日 秋田県庁産業経済労働部長
http://www.chuokai-akita.or.jp/kaihou/494/toku2.html

2003年ごろには秋田
http://gikai.pref.akita.lg.jp/read_detail.phtml?division=%88%CF%88%F5%89%EF&name=%95%BD%90%AC%82P%82T%94N%82P%82Q%8C%8E%92%E8%97%E1%89%EF%81%40%8F%A4%8DH%98J%93%AD%88%CF%88%F5%89%EF&sdate=2003-12-11&day=3



資源エネルギー庁放射性廃棄物等対策室長

放射性廃棄物に関わる役職に着いてから一年半後には次のような雑誌記事を公表している。

  • 月刊エネルギー 11月号 (2005年10月28日発売)
    • 高レベル放射性廃棄物の最終処分を巡る動向 吉野 恭司

幌延深地層研究センターの安全祈願(2005年11月9日)には役職名で出席している(PDF)。

廃棄物関連の講演会を原子力環境整備促進・資金管理センターで行っている。

公益財団法人 原子力環境整備促進・資金管理センター

  • 平成17年度 賛助会員向けサービス実施状況(平成18年3月30日現在)PDF
  • 2005年6月6日 第一回講演会「原子力2法の概要-再処理積立金法、クリアランス制度等について」
    • 経産省:吉野 恭司氏、茂木 伸一氏
  • 2006年1月25日 第4回講演会「放射性廃棄物対策の現状と課題」
    • 経産省:吉野 恭司氏

このような啓蒙活動はさらに市民の説得に向けて拡大する。地層処分シンポジウムという「市民との対話」を企画実行し、2006年7月から7年2月にかけて、全国各地を行脚した。

2007年頃におきた高知県東洋町の住民との激しい交渉の過程ではあちらこちらで顔を出す。あからさまに金で住民を説得しようとする態度が反感を買っている。

私は、平成19年の冬、1月頃、町長選挙の前に東洋町の高レベル放射性廃棄物導入事件でエネ庁の吉野恭司に会いに行った。

確か町会議員の原田英輔氏も一緒であった。核廃棄物の地下埋設の責任者、・・・室長であった吉野と地下埋設の危険性について激しく論争した。きゃつは席を立って去ろうとしたので、私が、吉野、逃げるのか、とエネ庁舎を揺るがすほどの大声でどなったことを思いだす。

東洋町への核廃棄物導入はNUMOという団体が担当のはずであったが、実際はこの吉野恭司が主導的役割を果たしていた。それまで核を受け入れた自治体に2億円程度の地域支援金が配給されることになっていたが、10億円に跳ね上げてきた。その時の責任者が吉野恭司であり、徹底的な金権主義者であった。金で攻めるというのが吉野の作戦だった。
吉野は、高知県の私立進学校出身だともいわれている。

吉野のような頑迷な原子力教の信者が、経産省に牢乎として存在していて、福島原発の事故を見ても少しも動揺していない姿には驚かざるを得ない。
原子力推進が彼のキャリア形成の武器なのである。

高知県東洋町長沢山保太郎さんの記事より。
http://sawayama.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-f29f.html

高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設に向けた第1段階調査(文献調査)に
高知県東洋町が応募したのを受け、同県の橋本大二郎知事と隣接する徳島県の
飯泉嘉門知事は6日、原子力発電環境整備機構と資源エネルギー庁を訪ね、
東洋町での調査を実施しないよう強く求めた。

 両知事は午前9時半、東京都港区の同機構で山路亨理事長に会い、調査反対の申し入れ書を手渡した。橋本知事は「地域の理解を得られておらず、調査に入ることがあってはならない。県や町民が反対してもカネ(年間10億円の交付金)で解決するのが国の原子力政策でよいのか」と強く反対を主張。飯泉知事も「生活圏は東洋町と一体だ。応募の受け付けは白紙に戻して欲しい」と求めた。
 山路理事長は「地域に十分説明した上で慎重に対応したい」と答え、会談後、当面は国に対し、調査実施の申請手続きを進める考えを示した。
 両知事は午前10時過ぎ、千代田区霞が関で同庁の望月晴文長官にも同様に調査反対を訴えたが、望月長官は「機構から調査実施の申請があれば、国として適切に判断したい」と述べるにとどまった。

 会談後、同庁の吉野恭司・放射性廃棄物等対策室長は「放射性廃棄物処分場へのアレルギーは強く、安全と説明するだけでもハードルは非常に高い。(カネで解決するという)交付金制度への批判はわかるが、現状では必要ではないか」と理解を求めた。

http://kuroki53.exblog.jp/5085949/



電力基盤整備課長

総合資源エネルギー調査会電気事業分科会原子力部会の記録によると、2007年9月には着任、と書いてある。
http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g71218a06j.pdf

エネルギーレビュー 2007年9月20日発行 Vol.27 10 (321)
国の取り組み 原子力施設の円滑な立地に向け地域発展の政策支援を
資源エネルギー庁 電力基盤整備課長
吉野 恭司
http://www.erc-books.com/ERC/ER/ER-BackNo2007/ER07-10.html

エネルギーレビュー 2008年4月20日発行 Vol.28 5 (328)
水力発電の新展開に向けて
資源エネルギー庁 電力基盤整備課長
吉野 恭司
http://www.erc-books.com/ERC/ER/ER-BackNo2008/ER08-5.html

2007年に起きた中越沖地震ののちには、柏崎刈羽原発の「運転円滑化」にテコ入れするため、電源立地地域対策交付金を3倍に「えいやっ」と増額している。

2007年7月の中越沖地震柏崎刈羽原発が長期停止に追い込まれている東京電力。首都圏への電力供給を担う原発被災の影響は大きく、08年3月期決算で28年ぶりの赤字転落は必至の情勢だ。東電はこの難局下で、県に対し復興支援として30億円の寄付を決断した。国も柏崎市刈羽村への交付金増額という異例の措置を敢行。地元では2つの支援策を歓迎する一方、運転再開への布石とみる向きもある。巨額マネーが投じられた狙いは何か-。当事者の間でさまざまな思惑が絡み合う背景を探った。

    • -

2007年11月27日。国は、中越沖地震で被災した東京電力柏崎刈羽原発の立地自治体への特例措置を発表した。関係者の間で「新潟スペシャル」と呼ばれる復興支援策だ。

 柏崎市刈羽村に対し電源立地地域対策交付金を同年度に限って3倍に増額、それぞれ約39億円、23億円としたのである。

 「通常のケースではできないが、日本の電力を支える地元が被災し、緊急性があった。最終的には『えいやっ』と決めた」。経済産業省資源エネルギー庁で交付金を担当する電力基盤整備課長の吉野恭司(43)は説明する。

 交付金は本来、電源開発に伴う公共施設整備などに使うのが目的。1974年の制度開始以来、災害復興支援に初めて適用したのだ。

 経産相の甘利明(58)は同日の会見で、特例措置について「やるから早く運転しろとか、運転再開しないままだからやらないとかでは全くない」と強調した。

 だが、今回の対応は交付規則を改正してまで行ったもの。柏崎刈羽原発の立地地域への並々ならぬ姿勢がうかがえる。改正規則を詳しく見ると、国の思惑が鮮明に浮かび上がる。
(後略)
新潟日報社2008年3月1日記事

総合資源エネルギー調査会電気事業分科会原子力部会の6月18日付記録には名前がある。
http://www.meti.go.jp/committee/gizi_8/13.html
したがって少なくとも少なくとも2009年6月までは電力基盤整備課長。



原子力政策課長

2009年6月18日から2010年3月5日までの間に原子力政策課長になって現在に至る。311が起きてから対応に追われている様子は事業計画書などからうかがわれる。

エネルギー対策特別会計
http://www.meti.go.jp/information_2/publicoffer/review2012/reviewsheet_chukan.html

発電用原子炉等安全対策高度化技術基盤整備委託費 平成24ー30年度
東京電力福島第一原子力発電所の事故で得られた教訓を踏まえ、シビアアクシデント対策を中心として事業者側と規制側の双方が活用しうる安全対策高度化に資する技術基盤の整備を国主体で実施する。
既設原子力発電所の安全対策高度化に資する技術基盤の整備を通じて、我が国における原子力発電技術の水準向上を図る。
http://www.meti.go.jp/information_2/publicoffer/review2012/pdf/h24_0073.pdf

平成24年行政事業レビューシート
発電用原子炉等安全対策高度化技術開発費補助金 平成24ー30年度

東京電力福島第一原子力発電所の事故で得られた教訓を踏まえ、既設原子力発電所の安全対策高度化に資する課題について技術開発を支援する。既設原子力発電所の安全対策高度化に資する技術開発の支援を通じて、我が国における原子力発電技術の水準向上を図る。
http://www.meti.go.jp/information_2/publicoffer/review2012/pdf/h24_0074.pdf

平成24年行政事業レビューシート
発電用原子炉等事故対応関連技術開発費補助金(復興関連事業)

本事業は、東京電力福島第一原子力発電所の廃止措置に資する技術開発を実施し、事故対応に必要な技術を確立することにより、万が一、既存の原子力発電所等において福島第一原子力発電所と同様の事故が発生した場合においても、速やかな事故収束及び廃止措置対応を取ることができるよう、必要な技術開発を図るものである。
東京電力福島第一原子力発電所において、燃料デブリが原子炉建屋下部に堆積していると見込まれる状況における、燃料デブリ取出し準備のための機器・装置開発等を実施する。
※24年度は復興庁で一括計上し、経済産業省で実施する事業。

ほかにもいろいろあるのだが、IAEAに査察してもらうのも「東日本大震災復興予算」の枠にはいっているのかー、などど、オドロキがあった。



2012年には以下の講演
2012 年 3 月 20 日 原子力政策に関する国内外の動向と今後の課題
http://www.aesj.or.jp/~kaigai/_lecture_/%E7%AC%AC%EF%BC%94%E5%9B%9E%E8%AC%9B%E6%BC%94%E4%BC%9A%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf

原子力安全規制についても①重大事故対策の強化、②事後規制の許認可施設への適用等、③運転期間の制限等、④発電用原子炉施設に対する安全規制措置の導入、等が議論され、導入されようとしている。一方で、世論により、規制に関する合理的な議論ができなくなることも懸念される。

このあたりの文面に彼の苦々しい思いを垣間見ることができる。処理場を探して全国を行脚したときの人々の冷たい目が脳裏にやきついているのかもしれぬ。



毎日新聞が2012年05月24日にスクープした核燃料サイクルに関する”秘密会議”(以下の記事参照)にも当然吉野氏は出席している。「秘密ではない」という内閣府原子力政策担当室の反論が6月4日に出ているが(PDF)、記事にならなければその実態は知られることはなかっただろう。

核燃サイクル「秘密会議」:まるでムラの寄り合い
毎日新聞 2012年05月24日 02時30分(最終更新 05月24日 18時52分)


4月24日の秘密会議(勉強会)に配布された議案の原案。表紙の右上には「取扱注意」と記載されている
拡大写真
 扉の向こうに信じがたい光景が広がっていた。4月24日、東京・霞が関で開かれた「勉強会」と称する核燃サイクルを巡る秘密会議。一線を画すべき国家公務員と電気事業者が談笑する様は、まるで「原子力ムラ」の寄り合いだ。参加者の手元にはなぞの文書が配られる。取材班は後に内閣府原子力委員会の小委員会で示される報告案の原案だったことを突き止めた。【核燃サイクル取材班】

 ◇反対派批判、一斉に笑い
 4月24日午後5時前、東京・霞が関の中央合同庁舎4号館7階743会議室。開けっ放しのドアから三々五々、背広姿の男たちが入室していくのを記者は目撃した。原子力委員会、内閣府、経済産業省資源エネルギー庁電気事業連合会、日本原燃、東京電力……。反対・慎重派の姿はなく、推進派ばかりだ。

 青のワイシャツ姿の男が脇に書類の束を抱えて入室してきた。机にどんとおろす。一山にすると崩れるからか二山に分けて置いた。高さは片方が20センチ、もう片方が10センチぐらいだろうか。後に判明した事実によると、文書は「原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会」の報告案の原案。実際に審議されたのは14日も先だ。

 2人の内閣府職員が「ロ」の字に並べられた机の上に1部ずつ原案を配布していく。電事連幹部らが笑顔で受け取る。扉のすぐそばに座っている高速増殖原型炉「もんじゅ」を運営する「日本原子力研究開発機構」幹部は熟読していた。やがて雑談が始まり、1人が反対派の論客である環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長らの名前を挙げ批判すると、一斉に笑い声が起こった。

 午後5時10分、開けっ放しだった会議室のドアが静かに閉まり、秘密会議が始まった。関係者によると、青森県六ケ所村の再処理工場を運営する「日本原燃」幹部が再処理事業の生き残りを意味する「再処理・直接処分併存(併用)」政策で小委員会の議論をまとめるよう依頼した。「六ケ所をやめて直接処分にするとあちこちが大変になる」と強調する幹部。再処理事業が破綻すると、六ケ所村に貯蔵中の約2919トンの使用済み核燃料は施設外に搬出しなければならないとされる。

 小委員会は今月23日、新大綱策定会議に併存に有利な表現の並んだ「総合評価」を盛り込んだ取りまとめを報告した。経産省関係者は「再処理しても最後はごみを捨てなければならない。政府と役人が一体となって最終処分場を造るために汗を流さなければならない時に、時間稼ぎに過ぎない政策を推進している」と嘆いた。

 ◇「うっかり」は通用しない
 長期的な原子力政策を論議する「新大綱策定会議」(議長・近藤駿介原子力委員長)の議案が原発再稼働の妨げになるとして隠蔽(いんぺい)された問題を毎日新聞が報じた(8日朝刊)際、近藤氏は主に二つの理由から「問題ない」との見解を示した。しかし、秘密会議問題で発覚した経緯に照らすと、今度は同じ弁明は通用しない。

 議案隠蔽問題は4月19日、事務局の内閣府職員が「(原子力と)地域社会との共生」と題した同24日の策定会議の議案を経済産業省資源エネルギー庁電気事業連合会に渡したところ「『(地域には再稼働に慎重な)滋賀県は含むのか』と追及され策定会議が紛糾する」と言われ、この議案をとりやめたというもの。

 近藤氏は電気事業者に渡った点を不適切としながらも「議案ではなくメモ。議案なら(パソコンのプレゼンテーションソフトである)パワーポイント形式にする」「事務局がメモをうっかり電子メールで流してしまった」などと釈明した。

 しかし今回発覚した秘密会議疑惑で配られた原案はパワーポイント形式。さらにメールではなく会議室で事業者に手渡している。所管大臣である細野豪志原発事故担当相は議案隠蔽発覚時、近藤氏擁護論を展開した。対応が注目される。【核燃サイクル取材班】

 【ことば】原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会

 東京電力福島第1原発事故を受け、使用済み核燃料の再処理政策を見直すために内閣府原子力委員会が設置した有識者会議。原子力委員長代理の鈴木達治郎座長と大学教授ら計7人が昨年10月〜今月16日、計15回議論した。政府のエネルギー・環境会議は夏にも革新的エネルギー・環境戦略を打ち出す方針で、小委員会の取りまとめは経済産業省の総合資源エネルギー調査会や環境省の中央環境審議会の議論などとともに反映される。

http://mainichi.jp/select/news/20120524k0000m040126000c.html

メモ ”つぶやき”で革命は起こせるか

PLOは、最初はネットワーク型の団体だったという。国際関係を専攻する学者、メッテ・エイルストルプ‐サンジョヴァンニとカルヴァート・ジョーンズの2人は、学術誌「インターナショナル・セキュリティ」に寄せたエッセイで、この組織形態がPLOの成長過程で問題が多発した原因だと論じている。

「中央権力の欠如、各派閥の自律性、組織内の対立を解決する仲裁機構の欠落。これらはすべてネットワーク型組織の特徴だ。PLOはこうした組織形態だったため、外部から操作されたり、内紛が発生したりする弱点を持つことになった」

この論考は、1970年代のドイツの事情にも言及している。

「ドイツの左翼テロ組織は(PLOよりも)団結しており、戦果もあげていたが、その組織の構造はヒエラルキー型だった。中央指導部を確立し、顔と顔を突き合わせての定期会合を通して信頼と連帯感を育むことができた」

ドイツの左翼組織のメンバーは警察の尋問を受けても、ほとんど同志を裏切らなかった。一方、ドイツの右翼組織は、中央集権化されていないネットワーク型だったため、統率がとれていなかった。簡単にスパイの潜入を許したほか、メンバーも逮捕と同時に仲間を裏切る傾向があった。

公民権運動では、ボイコット、座り込みなどの非暴力の抗議活動の手法が多用されたが、これはハイリスクの戦略である。組織の内紛や失敗は、一切許容できないからだ。抗議運動に加わっている人が一人でも台本どおりの動きをせずに、相手の挑発に応じたりしてしまうと、抗議運動全体の道徳面での正当性が損なわれてしまう。

ネットワークというものは乱雑なものだ。それはウィキペディア上での、ひっきりなしの訂正や修正、議論をみれば一目瞭然だ。

かつて毛沢東は「政権は銃口から生まれる」と述べたが、そのとき同時代の人は、その言葉を字義通りに受け取った。毛沢東がその言葉をどのように伝えたか、ということに関心を抱く人はいなかった。演説で言おうが、友人に囁こうが、日記に記そうが、本に書いて出版しようが、関係なかった。

だが、現代では、そうはいかない。いまの人は、どのようにしてその言葉が伝えられたかということに執着する嫌いがある。「毛沢東フェイスブックに『政権は銃口から生まれる』と投稿していたよ」とか「毛沢東がタンブラーで銃について語っていてさ」といった具合になり、仕舞いには「スゲェな、いまの毛沢東のツイート見た?」という感想しか残らないこともあるだろう。言葉の内容よりも、言葉を伝えるニューメディアのほうに重点が置かれがちなのだ。

いまエジプトは反政府デモによって政権が倒れるかもしれない事態になっている。この反政府デモの起源や意味について指摘すべき重要な事柄は数多くあるにちがいない。そして、そうした無数の事柄のなかでは、「反政府デモに加わった人が、ニューメディアのツールを、抗議運動の組織のために一時的に使った」云々の事実はもっともつまらない部類に属するといえるだろう。頼むから、もういい加減にしてくれないか。民衆が立ち上がり、政権を倒すということは、フェイスブックやインターネットがこの世に現れる前から起きてきたことだ。80年代の東ドイツでは、ほとんどの人が電話すら持っていなかったのに、ライプチヒに無数の市民が集まって抗議運動をした。フランス革命では、現代人が忘れがちなコミュニケーション・ツール、すなわち「肉声」がもっぱら使われた。義憤に駆られた民衆が、その感情を伝える手段を見つけるということは驚く話ではない。

立ち上がった民衆が、どのようにして自分たちの感情を伝えたかということより、そもそも彼らが何によって衝き動かされているのか、ということのほうが、よほど興味深いことなのである。

The drawbacks of networks scarcely matter if the network isn’t interested in systemic change—if it just wants to frighten or humiliate or make a splash—or if it doesn’t need to think strategically. But if you’re taking on a powerful and organized establishment you have to be a hierarchy. The Montgomery bus boycott required the participation of tens of thousands of people who depended on public transit to get to and from work each day. It lasted a year. In order to persuade those people to stay true to the cause, the boycott’s organizers tasked each local black church with maintaining morale, and put together a free alternative private carpool service, with forty-eight dispatchers and forty-two pickup stations. Even the White Citizens Council, King later said, conceded that the carpool system moved with “military precision.” By the time King came to Birmingham, for the climactic showdown with Police Commissioner Eugene (Bull) Connor, he had a budget of a million dollars, and a hundred full-time staff members on the ground, divided into operational units. The operation itself was divided into steadily escalating phases, mapped out in advance. Support was maintained through consecutive mass meetings rotating from church to church around the city.

Read more http://www.newyorker.com/reporting/2010/10/04/101004fa_fact_gladwell#ixzz20JH3yWgt


下記リンクより抜粋。

2011.02.09 ”つぶやき”で革命は起こせるか
http://courrier.jp/blog/?p=5979

2011.02.10 マルコム・グラッドウェル「エジプトはツイッターを必要としているのか?」
http://courrier.jp/blog/?p=5991

オリジナル
http://www.newyorker.com/reporting/2010/10/04/101004fa_fact_gladwell

http://www.newyorker.com/online/blogs/newsdesk/2011/02/does-egypt-need-twitter.html

http://www.newyorker.com/online/blogs/ask/2010/09/malcolm-gladwell-twitter-social-media.html

翻訳:影響の過小評価:規制・政策・法律において、なぜ原因確率は置き換えられる必要があるのか

以下、途中までですが翻訳。また時間のある時に続けます。


影響の過小評価:規制・政策・法律において、なぜ原因確率は置き換えられる必要があるのか

サンダー・グリーンランド
http://bos.sagepub.com/content/68/3/76.full

概要

問題提起

疫学のデータは石炭の燃焼、地下水の汚染、その他環境汚染物質によって生じる健康被害の程度を検討するために中心的な役割を果たす。しかし疫学は特に裁判所やリスクコミュニケーションといった場面で、現状におけるその推定・予想能力を踏み出した形で誤って使われてきた。例えば「これこれの量の放射線被ばくによるガンのリスクは一万に一である」といった言明は、実のところ集団のデータのみからは導くことができない。しかしながらそのような言明は、政府の公人、産業界の要人や一部の科学者によって、核エネルギー事故やその他大規模な被ばく要因が生じたときにしばしばなされている。公衆、裁判所、立法府、規制官たちのために、特に誰が放射線の放出によって損害を受けたのかということを決定するときに、よりよい形でのリスク・コミュニケーションが疫学研究の解釈には必要である。

放射線がガンを引き起こす生物学的な過程の詳細が正確にわかっていなければ、疫学的な解析そのものが提供できるのは原因確率の下限の値である。この限界が重要であるのは、推定されたその確率が放射線被ばくに対する補償の決定や、放出された放射線がいくつのガンの症例の「原因となった」のかということにおいて頻繁に参照されるからである。残念なことに疫学的なデータから推定された確率の下限値は、実際の確率の推定値としてたびたび使用されており、そのことは放射線による害の深刻な過小評価を結果することになる。

幸いなことに、リスクや健康被害の推定を話すためのよりよい方法がある。疫学的な分析は放射線被ばくによって失われた平均(予想)年数を推定するために使うことができる。放射線被曝によって失われた健康的な生活の年月を基準とした補償算定システムのほうが、原因確率に基づく補償算定システムよりも、疫学的なデータにはより科学的に支持可能である。

定義の問題

今おおまかに述べた問題を理解するためには、放射線の放出によって起きるガンと向き合う上で、たびたび互いに混同されて使われる二つのパーセントを区別する必要がある。一番目は、仮に放射線の放出がなかったとした場合にどれだけガンの症例数が減るか、ということを示すパーセントである。これは時に「寄与割合(Attributable fraction, 寄与分画)」ないしは「過剰割合(Excess fraction, 過剰分画)」とよばれる。二番目は、ガンの症例における、放射線の放出を原因とするもののパーセントである。これはときに「病因割合(Etiologic fraction 病因分画)」、「原因割合(Causal fraction, 原因分画)」あるいは「原因の確率」と呼ばれる。「寄与」と「原因」は同義の言葉に聞こえるかも知れない。しかし、過剰割合と、原因割合は実際のところテクニカルな意味が大きく異なっている。この二つを混同すると訴訟から原子力発電所の規制までにおける、非科学性を結果する。つまり、それらの結果は入念なる科学研究に基づいているようでいながら、間違っているのである。

この定義の違いの重要性を明らかにするために次の例は手助けになるだろう。原爆の生存者たちがもし放射線被ばくをうけていなかったとしたら、そのうち3%のみがガンで苦しまなくてもよくなった、という推定は、被ばくを原因とする症例数の割合であると誤って解釈されることがしばしばある。この誤認は、放射線はある人間にガンを引き起こすかあるいは引き起こさないかのいずれかである、という間違った仮定から導かれるものである。この暗黙に仮定された放射線を原因とするガンの「全か無か」生物学モデルは間違っているかもしれない。かわりに、多くのがんは、広島や長崎における放射線被ばくによって本来起きるべきタイミングよりも前倒しに早期に起き、促進されたのかもしれない。少なくとも、生存者の3パーセントのがんだけが放射線を原因としているという推断は、どんなにうまくやっても、あるいはやったとしても疫学からは論理的に導くことはできない。

理由はこうである。通常の言語解釈と日常感覚によれば被ばくはある個人の病気の原因となり、もし被ばくしていなかったのだったら(1)もっと後に発症したかもしれない、あるいは(2)まったく発症しなかったかもしれない(この場合はもちろん「あとで」の極端なケースである)。もし被ばくが一番目のかたちで病気の原因となったのならば、その症例は「促進された(前倒しの)発病」と名付けることができるだろう(すなわち、被ばくがなければ発病はより後に起きたでであろう)。もし被ばくが二番目のかたちで病気の原因となったならば、それは「全か無かの発病」と名付けることができるだろう(すなわち、被ばくがなければ全く発病しなかったであろう)。最後に、もし被ばくが発病のタイミングに違いを生じさせなかったのだったら、つまり被ばくの有無とは関係なくその個人に同じ時点でガンが発症するのならば、被ばくは病気の原因ではなく「影響のない発病」と名付けることができるだろう。

「促進された発病」と「全か無かの発病」はいずれの場合であっても被ばくは個人の健康を損なった。その個人が病のない生を生きることができる時間を短くしたのである。どのような種類の放射線がどのような種類のガンを引き起こすのかという生物学的な過程の理解は、その解明からまだまだほど遠い。しかし、少なくとも放射線はある種類のガンの発病を促進し、発病するタイミングを本来よりも早める(Nguyen et. al., 2001)。残念なことにそのように促進された発病は、リスクの裁定、規制、裁判所などでしばしば看過される。そういった見過ごしは放射線が引き起こすガン(radiodgenic cancer)に関する信頼できない立法や不公平な判決を結果した。不公平であるのは、ガンのような病気では、それがいつ起きるのかということが重大なことだからである。

例えば次のようなある人物のことを考えよう。この人物がもしある特定の量の放射線を被ばくしなかったならば、臨床的に明白な白血病を70歳で発症したが、放射線の被ばくでそれが促進されて66歳で発症したとする。この人物は、白血病に無縁な人生のうちの4年間を被ばくによって失い、しかもこの損失は集団全体の発症率に顕著な影響は与えないのである。

個人へのさまざまな影響を判別する上で集団データがもつ論理的な限界は、極めてシンプルな調査においても見ることができる。たった4人からなる仮想的な集団を50歳から80歳まで追跡調査したとし、例えばこのうち二人はある特定の放射線に被ばくし60歳と70歳で亡くなり、二人は放射線に被ばくせずそれぞれ70と80で亡くなると仮定する。そして、被ばくのみが死亡年齢を左右する唯一の因子であったと仮定する。これは、もし被ばくがなかったとしたら、被ばくした集団は(被ばくしていない集団と同様に)70と80で亡くなることになったと仮定することである。

かくなる単純で理想的な調査であっても、疫学的なデータを元に個人に対する影響を決定することは不可能である。観察された死亡パターンは、被ばくしたうちの一人が被ばくによって20年の人生を損失し(80歳から60歳へ)、被ばく集団のうち半分だけが損害をうけた、という可能性がある。しかし、この同じ死亡パターンは、共に二人がそれぞれ10年の損失を被り、二人ともが損害を受けたことを反映している可能性もある。したがって、これらのデータから我々が言えることは、少なくとも一人の被ばく者は影響をうけた、ということである。しかし、全員(二人とも)が影響をうけた可能性もある。別のいいかたをすれば、この全く同じデータは、1/2の原因割合(causal fraction、死亡者のうち50パーセントは被ばくがその原因だった)あるいは1の原因割合(死亡者のうち100パーセントは被ばくがその原因だった)のいずれであっても適合するのである。

この例は、立法や政策立案の場においてしばしば失われてしまう事実を示している。たとえ疫学研究が無作為的であり、こうした研究につきもののすべての問題がなかったとしても、それが特定することができるのは集団の分布であって、個人それぞれのリスクや損失ではない。この限界は集団の規模が大きくなるにつれて強まる。特に、被ばくによる過剰リスクが判明したときに、たとえそれが理想的な集団データであってもその過剰を与えた影響が、最小限の数の影響されたケースに集中しているか、あるいはすべてのケースに広くまんべんなく分布しているのか、あるいはこれらの両極端の間のどこかにあるのか、知ることはできないのである(Robins and Greenland, 1989a, 1989b)。

この結果、疫学研究はガンの症例を促進、全か無か、あるいは影響なし、というカテゴリーに分けることができない。しかし、立法や政策立案の場では、過剰割合と原因割合の区別に失敗しているために、被ばくによる損害は、想定される被害者のうち最小限の人数に集中する暗黙の仮定がある。このような仮定は損害を受けた人数のきわめて深刻な過小評価へとつながる恐れがある (Greenland, 1999;Robins and Greenland, 2000)。

平成13年度委託研究報告書 電離放射線障害に関する最近の医学的知見の検討 (抜粋)

平成13年度委託研究報告書
電離放射線障害に関する最近の医学的知見の検討
平成14年3月
主任研究者 草間朋子(大分県立看護科学大学)
共同研究者 朝長万左男(長崎大学)
明石真言(放射線医学総合研究所)
甲斐倫明(大分県立看護科学大学)
桜井礼子(大分県立看護科学大学)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/10/dl/s1023-4d1.pdf
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/10/dl/s1023-4d2.pdf
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/10/dl/s1023-4d3.pdf

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/10/s1023-4.html

(報告書抜粋 p15-17)

3. 放射線被曝に伴う確率的影響とPCの考え方

3-1. PCとは

PC(原因確率)は、個人に罹患した疾病とそれをもたらした原因との関係を定量的に評価するための尺度である。リスクが、将来の発生確率を予測することを基礎にしているのに対して、PCは、結果があって、その結果を引き起こした原因の占める割合(etiologic fraction)を意味する概念である。しかし、評価に用いる疫学データの限界から、直接個人を対象とした尺度としての確率というニュアンスを避けるために、Assigned share(Kagakos, 1986)やAttributable fraction (Greenland, 1988)という用語も使われてきた。PCという概念とそれをいかに評価するか、評価した数値の不確かさからくる適用の問題点など多くの論争が行われてきている(Thomas, 2000; Greenland, 2000)。

3-2. PC推定の問題点
Greenland (1999)は、疫学調査から得られる過剰相対リスクをもとにした評価値(=r/(1+r))は、PCと等価と考えるのは間違いであることを強調する。
Greenlandらは、個人PCを疫学データのみから推定することは不可能であることを論証している。集団からの情報のみを利用している場合には、PCという用語は適切ではなく、excess fractionあるいはassigned shareと呼ぶべきであると主張する。また、PCの評価には生物学的モデルが不可欠であることが前提となっていることを認識すべきであると主張する。
一方で、RobinとGreenland(1991)は、期待余命損失(Expected years of life lost)のりようが合理的な補償方式であるという見解である。

現在のPCを補償スキームに用いることの問題点は次のようにまとめられる。
1)非特異的疾患における因果関係の問題、3)に関係する問題と考えることもできる。
2)疫学データだけに基づいて個人の原因確率を評価することは不可能である。集団の平均値を個人に当てはめるには集団内の不均一性が問題とされる。PCの不確かさとして扱うこともできる。
3)発がんにおける放射線の関与の仕方によって異なるPCを与える。したがって、放射線発がんの生物モデルを前提にして初めてPCは評価可能である。
4)原因確率が評価可能であるとしても、補償スキームとしては適切ではない指標である。これは40歳と80歳のPCが50%としたときに同じ扱いをされるのは余命損失を考えると合理的ではない。

3-3. 最近の動き
PCの様々な問題が指摘されて入るが、現実の訴訟に対する解決策としてNCRPもPCの利用可能性を認める見解をだしている(NCRP, 1992)。

(1)米国
1985年にNIHが作成したPC表の改訂作業が進められている(Department of Health and Human Services, 2001)。この改訂の主たる変更点は、従来の死亡率に代わって発症率を用いたPCの計算である。IREP(Interactive RadioEpidemiological Program)と呼ばれる評価のためのプログラムが作成されている。これは、Energy Employees Occupational Illness Compensation Program(EEOICPA)に基づいて申請のあったがんのPCを評価するためのプログラムの開発(NIOSH-IREP)をNIHの共同で行なっているのが国立職業安全衛生研究所(NIOSH)である。

(2)英国
英国の原子力産業界は、操業初期に比較的高い線量の被ばくした作業者に現れたがんと放射線被ばくとの関係についての訴えを処理するために、PCに基づいた「放射線関連疾病の補償スキーム」を自主的に確立した(Wakeford, 1998)。これによると、PCが50%以上では全額保証し、20%以上ならばPCの値に応じて部分保証を行うというものである。この補償スキームは、あくまでも雇用者と被雇用者との間での合意に基づいて実施されるものであり、作業者が裁判所に訴訟を起こさないことを強制するものではない。PC評価は、BEIR-Vのリスクモデルを採用している。

4-4. PCの推定例
白血病のPCを、原爆被爆生存者データ(Preston, 1994)をもとに評価した結果を図に示す。線量反応関係については、AMLに関しては直線2次であるが、ALLおよびCMLについては直線となっている。被ばく後の時間反応解析では、Prestonらは対数線形モデルを用いている。PCの計算ではPrestonらが原爆データに当てはめて得られたハザード関数のモデル(Background rateおよびExcess rate)を用いた。被ばく後10年までは、統計的変動に伴う不確かさが大きいところに留意する必要がある。


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文献

Beyea J, Greenland S (1999) The importance of specifying the underlying biologic model in estimating the probability of causation. Health Physics 76(3): 269–274.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10025652

Greenland S, Robins JM (1988) Conceptual problems in the definition and interpretation of attributable fractions. American Journal of Epidemiology 128(6): 1185–1197

http://aje.oxfordjournals.org/content/128/6/1185.full.pdf+html?ijkey=ec0cc4ecc31b3db44b3bcf3b34a271bde25a92b1&keytype2=tf_ipsecsha

Greenland S (1999) The relation of the probability of causation to the relative risk and the doubling dose: A methodologic error that has become a social problem. American Journal of Public Health 89(8): 1166–1169.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10432900

Lagakos SW, Mosteller F (1986) Assigned shares in compensation for radiation-related cancers. Risk Anal. 1986 Sep;6(3):345-57.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3602505

NCRP; The probability that a particular malignant may have been caused by a specified irradiation. NCRP Statement No.7, 1992
http://www.ncrponline.org/Publications/Statements/Statement_7.html

D.L.Preston et al. : Cancer incidence in atomic bomb survivors. Part III. Leukemia, lymphoma and multiple myeloma, 1950-1987. Radiat, Res. 137 (2 Suppl) : S68-S97 (1994)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8127953

Robins JM, Greenland S (1991) Estimability and estimation of expected years of life lost due to a hazardous exposure. Statistics in Medicine 10: 79–93.
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Wakeford R, Antell BA, Leigh WJ (1998) A review of probability of causation and its use in a compensation scheme for nuclear industry workers in the United Kingdom. Health Phys. 1998 Jan;74(1):1-9.
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http://www.gpo.gov/fdsys/search/pagedetails.action?browsePath=Title+42%2FChapter+I%2FSubchapter+G%2FPart+81&granuleId=CFR-2006-title42-vol1-part81&packageId=CFR-2006-title42-vol1&collapse=true&fromBrowse=true