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翻訳:影響の過小評価:規制・政策・法律において、なぜ原因確率は置き換えられる必要があるのか

以下、途中までですが翻訳。また時間のある時に続けます。


影響の過小評価:規制・政策・法律において、なぜ原因確率は置き換えられる必要があるのか

サンダー・グリーンランド
http://bos.sagepub.com/content/68/3/76.full

概要

問題提起

疫学のデータは石炭の燃焼、地下水の汚染、その他環境汚染物質によって生じる健康被害の程度を検討するために中心的な役割を果たす。しかし疫学は特に裁判所やリスクコミュニケーションといった場面で、現状におけるその推定・予想能力を踏み出した形で誤って使われてきた。例えば「これこれの量の放射線被ばくによるガンのリスクは一万に一である」といった言明は、実のところ集団のデータのみからは導くことができない。しかしながらそのような言明は、政府の公人、産業界の要人や一部の科学者によって、核エネルギー事故やその他大規模な被ばく要因が生じたときにしばしばなされている。公衆、裁判所、立法府、規制官たちのために、特に誰が放射線の放出によって損害を受けたのかということを決定するときに、よりよい形でのリスク・コミュニケーションが疫学研究の解釈には必要である。

放射線がガンを引き起こす生物学的な過程の詳細が正確にわかっていなければ、疫学的な解析そのものが提供できるのは原因確率の下限の値である。この限界が重要であるのは、推定されたその確率が放射線被ばくに対する補償の決定や、放出された放射線がいくつのガンの症例の「原因となった」のかということにおいて頻繁に参照されるからである。残念なことに疫学的なデータから推定された確率の下限値は、実際の確率の推定値としてたびたび使用されており、そのことは放射線による害の深刻な過小評価を結果することになる。

幸いなことに、リスクや健康被害の推定を話すためのよりよい方法がある。疫学的な分析は放射線被ばくによって失われた平均(予想)年数を推定するために使うことができる。放射線被曝によって失われた健康的な生活の年月を基準とした補償算定システムのほうが、原因確率に基づく補償算定システムよりも、疫学的なデータにはより科学的に支持可能である。

定義の問題

今おおまかに述べた問題を理解するためには、放射線の放出によって起きるガンと向き合う上で、たびたび互いに混同されて使われる二つのパーセントを区別する必要がある。一番目は、仮に放射線の放出がなかったとした場合にどれだけガンの症例数が減るか、ということを示すパーセントである。これは時に「寄与割合(Attributable fraction, 寄与分画)」ないしは「過剰割合(Excess fraction, 過剰分画)」とよばれる。二番目は、ガンの症例における、放射線の放出を原因とするもののパーセントである。これはときに「病因割合(Etiologic fraction 病因分画)」、「原因割合(Causal fraction, 原因分画)」あるいは「原因の確率」と呼ばれる。「寄与」と「原因」は同義の言葉に聞こえるかも知れない。しかし、過剰割合と、原因割合は実際のところテクニカルな意味が大きく異なっている。この二つを混同すると訴訟から原子力発電所の規制までにおける、非科学性を結果する。つまり、それらの結果は入念なる科学研究に基づいているようでいながら、間違っているのである。

この定義の違いの重要性を明らかにするために次の例は手助けになるだろう。原爆の生存者たちがもし放射線被ばくをうけていなかったとしたら、そのうち3%のみがガンで苦しまなくてもよくなった、という推定は、被ばくを原因とする症例数の割合であると誤って解釈されることがしばしばある。この誤認は、放射線はある人間にガンを引き起こすかあるいは引き起こさないかのいずれかである、という間違った仮定から導かれるものである。この暗黙に仮定された放射線を原因とするガンの「全か無か」生物学モデルは間違っているかもしれない。かわりに、多くのがんは、広島や長崎における放射線被ばくによって本来起きるべきタイミングよりも前倒しに早期に起き、促進されたのかもしれない。少なくとも、生存者の3パーセントのがんだけが放射線を原因としているという推断は、どんなにうまくやっても、あるいはやったとしても疫学からは論理的に導くことはできない。

理由はこうである。通常の言語解釈と日常感覚によれば被ばくはある個人の病気の原因となり、もし被ばくしていなかったのだったら(1)もっと後に発症したかもしれない、あるいは(2)まったく発症しなかったかもしれない(この場合はもちろん「あとで」の極端なケースである)。もし被ばくが一番目のかたちで病気の原因となったのならば、その症例は「促進された(前倒しの)発病」と名付けることができるだろう(すなわち、被ばくがなければ発病はより後に起きたでであろう)。もし被ばくが二番目のかたちで病気の原因となったならば、それは「全か無かの発病」と名付けることができるだろう(すなわち、被ばくがなければ全く発病しなかったであろう)。最後に、もし被ばくが発病のタイミングに違いを生じさせなかったのだったら、つまり被ばくの有無とは関係なくその個人に同じ時点でガンが発症するのならば、被ばくは病気の原因ではなく「影響のない発病」と名付けることができるだろう。

「促進された発病」と「全か無かの発病」はいずれの場合であっても被ばくは個人の健康を損なった。その個人が病のない生を生きることができる時間を短くしたのである。どのような種類の放射線がどのような種類のガンを引き起こすのかという生物学的な過程の理解は、その解明からまだまだほど遠い。しかし、少なくとも放射線はある種類のガンの発病を促進し、発病するタイミングを本来よりも早める(Nguyen et. al., 2001)。残念なことにそのように促進された発病は、リスクの裁定、規制、裁判所などでしばしば看過される。そういった見過ごしは放射線が引き起こすガン(radiodgenic cancer)に関する信頼できない立法や不公平な判決を結果した。不公平であるのは、ガンのような病気では、それがいつ起きるのかということが重大なことだからである。

例えば次のようなある人物のことを考えよう。この人物がもしある特定の量の放射線を被ばくしなかったならば、臨床的に明白な白血病を70歳で発症したが、放射線の被ばくでそれが促進されて66歳で発症したとする。この人物は、白血病に無縁な人生のうちの4年間を被ばくによって失い、しかもこの損失は集団全体の発症率に顕著な影響は与えないのである。

個人へのさまざまな影響を判別する上で集団データがもつ論理的な限界は、極めてシンプルな調査においても見ることができる。たった4人からなる仮想的な集団を50歳から80歳まで追跡調査したとし、例えばこのうち二人はある特定の放射線に被ばくし60歳と70歳で亡くなり、二人は放射線に被ばくせずそれぞれ70と80で亡くなると仮定する。そして、被ばくのみが死亡年齢を左右する唯一の因子であったと仮定する。これは、もし被ばくがなかったとしたら、被ばくした集団は(被ばくしていない集団と同様に)70と80で亡くなることになったと仮定することである。

かくなる単純で理想的な調査であっても、疫学的なデータを元に個人に対する影響を決定することは不可能である。観察された死亡パターンは、被ばくしたうちの一人が被ばくによって20年の人生を損失し(80歳から60歳へ)、被ばく集団のうち半分だけが損害をうけた、という可能性がある。しかし、この同じ死亡パターンは、共に二人がそれぞれ10年の損失を被り、二人ともが損害を受けたことを反映している可能性もある。したがって、これらのデータから我々が言えることは、少なくとも一人の被ばく者は影響をうけた、ということである。しかし、全員(二人とも)が影響をうけた可能性もある。別のいいかたをすれば、この全く同じデータは、1/2の原因割合(causal fraction、死亡者のうち50パーセントは被ばくがその原因だった)あるいは1の原因割合(死亡者のうち100パーセントは被ばくがその原因だった)のいずれであっても適合するのである。

この例は、立法や政策立案の場においてしばしば失われてしまう事実を示している。たとえ疫学研究が無作為的であり、こうした研究につきもののすべての問題がなかったとしても、それが特定することができるのは集団の分布であって、個人それぞれのリスクや損失ではない。この限界は集団の規模が大きくなるにつれて強まる。特に、被ばくによる過剰リスクが判明したときに、たとえそれが理想的な集団データであってもその過剰を与えた影響が、最小限の数の影響されたケースに集中しているか、あるいはすべてのケースに広くまんべんなく分布しているのか、あるいはこれらの両極端の間のどこかにあるのか、知ることはできないのである(Robins and Greenland, 1989a, 1989b)。

この結果、疫学研究はガンの症例を促進、全か無か、あるいは影響なし、というカテゴリーに分けることができない。しかし、立法や政策立案の場では、過剰割合と原因割合の区別に失敗しているために、被ばくによる損害は、想定される被害者のうち最小限の人数に集中する暗黙の仮定がある。このような仮定は損害を受けた人数のきわめて深刻な過小評価へとつながる恐れがある (Greenland, 1999;Robins and Greenland, 2000)。